リトマス試験紙/きみとぼくの壊れた世界
きみとぼくの壊れた世界
西尾維新
- きみとぼくの壊れた世界 (講談社ノベルス)/西尾 維新
- ¥924
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西尾維新初読みです。
あらすじネタバレですが
主人公とその妹、そして学校の友人男と友人女1、友人女2が登場人物の学園ミステリ。
主人公はシスコンで、友人女1は主人公が好きで、主人公は友人女2を好きになりそう。
そして妹にちょっかいをだした後輩が学校で殺される。
さてその犯人は、という感じです。
ですが、素直に頭に物語が入ってきません。
物語そのものよりも、物語の構造解析、もしくはこういった本の読者分析にを自動的に頭でしてしまいます。
ラノベ?、セカイ系?
この手の特徴は
1、妹、もしくは幼馴染が根拠なく主人公を好いている
2、チョイエロあり
3、自分語りが多い
4、主人公の世界観は壊れない
5、死の扱いが軽い
というところでしょうか(と勝手に判断)。
この手小説のこだわりである自分の世界観の構築を自分語りで行っていて、その感性を分からないでもないですが、私としては、そこまでこだわる気もないよう、という感じで、うーん、現段階ではこのセカイにはまだ踏み込まなくてもいいかな、というのが率直なところ。
たとえれば「初恋の人と結婚する」みたいなこだわり。
あぁ、おっさん化した、ということでしょうか。
さらに世代論的な妄想を述べれば、「自分を大事に」という世代が成長するに連れ、セカイと自分との対立を超えるときに自分を大事にするのではなく、「自分を大事に」すること優先でセカイと対立さえしない、というスタンダードができてしまった世代があるのでは、と感じています。たとえば、自分を大事にするあまり死を非常に軽いものとして扱い、自分を際立たせる。
それはそういうものを望む部分が私にもあるし、そういったスタンダードができればそっちに流れてしまうのも分かります。そういうスタンダードが、ニートなんかの問題でも実質的な雇用問題以外に、「雰囲気」としてニートを助長するものがあるんではないでしょうか。まぁこれは諸刃の刃で、逆に良い面もあるとは思いますが。
ま、おっさんのいうことなので「今の若いやつは」的な話なのかもしれません。その世代からいえば、また違う感じ方があるのでしょう
私の世代も「しらけ」世代といわれて(なつかしい。死語でしょうか)、外からみればそうなのですが、当事者としてはちょっと感じ方の違う(「しらけ」は標準語のように装い、実際の情熱は、それがわからないようにするのがスマート、とか。「しらけ」と論じる世代は情熱は見せるもの、という感じでそのアンチテーゼなのでしょう)ものがあったのも確かなので、外部からの勝手な分析は一面的なものだとは思うのですが。
で、個人的にはその自分とセカイが対立したときに必要とするものを小説に求めているのですが、その対立を避けるのでは何もでてこない。ただ「自分を大事に」という価値観からの今までにない回答というのもあると思うのでそれを期待したいところですが、それは「ラノベ」の役割ではないのでしょう。もっとべつの形になるのでしょう。
(世代論自体が妄想という意見もあるのですが、世代論が結構好きなのでつい考えてしまいます。あぁそれもおっさん化か。)
という妄想的思念が物語と同時進行で動き出し、要所要所で顔を出すのでイマイチ集中できません。
物語自体は肌に合わない割には一気に読めました。
多分肌に合う人には良い作品なんだと思います。
またこのジャンルに挑戦してみたい人にはいい作品なのかもしれまん。
不意をつく面白さ/ベルリン正体不明
ベルリン正体不明
赤瀬川原平
- 新 正体不明/赤瀬川 原平
- ¥2,100
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(amazonに同じ本がなかったので似た本を)
ひさしぶりに赤瀬川原平 の本を読みましたが、さすが元祖、面白い写真を撮らせたらうまいですね。
ベルリンの街角の、ふと心に引っかかった、アートではない写真のフォトエッセイ?です。
帯の売り文句は「読む写真集」
赤瀬川さんの本は何冊も連続で読むと食傷気味になりますが、小説ばかりよんで殺伐とした気持ちのときに(いい本にめぐり合えないとき)読むと、この抜けた感じで、ま、いいか、という気になります。
うーんさすが、と思った写真は、『風景のブルーチーズ』
芝生、木々の緑の奥に建物のクリーム色が見える。
それをブルーチーズといってしまうのは、ちょっとうなってしまった。
前後のどうでもいい写真との同じ視線の中になるのに驚き。
雨が降る前から、降り始めて、本降りになって、止む、みたいなどーでもいいことを写真にしているのも、少し面白みがある(全体的にそのぐらいです)。
「パリやローマ、ロンドン、ニューヨークというと単なる地名に還元されるけど、ベルリンには何だか地名以上のものが染みている」
という感覚も面白い。
作為なのにその臭さが微妙に匂うぐらいの感じがセンスなんでしょうか。
晩御飯を食べながら、あっという間に読み終えましたが、ちょっとした気分転換にはもってこいでした。
また、ぽちぽち読みたいと思います。
やっかいでも何か残るもの/象
レイモンド・カーヴァー
象
- 象 (村上春樹翻訳ライブラリー c- 8)/レイモンド・カーヴァー
- ¥1,155
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全体の印象として、やっかいな短篇集、といったところ。
村上春樹による解題がなければ、それ以上深く突っ込むことのない作品ですが、せっかくなのでもう少し色々色々考えてみることにしました。
これは、レイモンド・カーヴァーの最後の方の短篇集。
やっかい、といったのは「大聖堂」などの作品などと比べ、作品はまとまりよりは傾きに力が注がれているからです。
たとえば弟、母、娘から金の無心される状況を語る「象」や、延々と元妻に今までの至らなさを非難される「親密さ」、妻とうまくいきかけているのに母のせいでどうなるか分からなくなってしまう「引越し」などの、アメリカの低収入者の日常的圧迫感。
よく知らない食べ物のとのすれ違い「メヌード」や、夜眠れないときに話題になった尊厳死についてのこだわりについての「誰かは知らないが、このベッドに寝ていた人が」、妻からもらった手紙を考察しながら現在進行形で妻が出て行ってしまう奇妙な味が下に残る「ブラックバード・パイ」、そしてチェーホフの最後をホテルマンの視点から書いた「使い走り」などの、奇妙な着地地点。
それは「大聖堂」「頼むから静かにしてくれ」などの一つの頂点から、次に移行するための準備期間のような短篇が集まり、いわゆる「習作」というものになるのかもしれません。
しかし、ただでさえ奇妙な味わいを持つレイモンド・カーヴァーの、さらに開発途上の作品、となると、それを読みきるのは、やっぱり「やっかい」となると思います。
個人的に一番嫌いで、でもぐっときたのは、「親密さ」。
元妻にアメリカ的押しの強さでの非難は、小説的読み心地を破綻寸前まで押しやった後、ふっ、と抜けるのです。そこになんだか救済が感じられます。
「象」も弟、母、娘から肉親としての情を絡めながら金を無心されます。あぁもう限界、という朝に友人の車に乗って疾走するのですが、あきらかに救済はないものの、ふっとした開放感が感じられ、その瞬間にその荷の重さをずっしりと感じる、そんな小説でした。
こういう後味が、レイモンド・カーヴァーの真骨頂なのでしょう。
レイモンド・カーヴァーを読み始めるなら、構造のしっかりした「大聖堂」「頼むから静かにしてくれ」「足もとを流れる深い川」のほうがずっといいと思います。
ただ、もっと他の作品を読みたくなったとき、こんな作品もある、ということです。
ひっかかる人/鉛筆の先っちょ
鉛筆の先っちょ
大橋歩- くらしのきもち (集英社文庫)/大橋 歩
- ¥460
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<読んだ本がAMAZONにないので同じ作家の本を適当にえらびました>
なんか雑誌を読んでいると引っかかってくる名前なので、1冊エッセイでもと思って読み始めました。
有名なイラストレータみたいですね。
aruneという雑誌も編集しています。
かつては平凡パンチの表紙を書いていたそうです。
これは1995年ごろのエッセイ。
これは個人的にはエッセイではなくて、なんていうのでしょうか、おしゃべり?そんな感じです。
文筆家としての責任みたいなものはほとんどなく、思うが侭に筆を走らせています。
だからどーした的な落ちのない話も多く、読んでいてどーでもよくなってきますが(おしゃべりは楽しいとか、悪口をいってしまうとか、他人が同じ服を着ていたとか)最後まで読みきってしまったのは、そうか人はココまで勝手なことをいってもいいんだ、というあけすけな心地いい気持ちが湧いてくるからです。
エッセイ集が多く出ていますが、時代をとらえるカンみたいなものは冴えていて、それとその思ったことはポンポンいいます、みたいなスタイルが人気なんでしょうか。
なんか賞を取りましたっけ/号泣する準備はできていた
号泣する準備はできていた
江國香織
- 号泣する準備はできていた/江國 香織
- ¥1,470
- Amazon.co.jp
- 号泣する準備はできていた (新潮文庫)/江國 香織
- ¥420
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ある雑誌で、江國香織を読むならこれが一番、と書いてあったので読んだ本。
おおむね失恋の話が12編の短篇集。
ある種の悲しみがつまっていて、その感性の震えだけを取り出すのは上手く、思春期にこれを読んでその震えに身を任せたくなるような気持ちはわかりますが、どうも物足りないですね。
何ゆえ一番かは忘れてしまいましたが、「間宮兄弟 」「きらきらひかる」の方がまだディテールも深く生活感がありもっと身に迫って読むことができたような気がします。
いやぁ、しかし江國香織ってこんなに・・・、と思わずクチからもれてしまいそう。
んー、あれだ。3分で泣ける「カップヌードル」小説を目指したとか。
ならば分かります。必要な要素だけ取り出しながらもバリエーションをつけての短篇展開。
いや違う、これはこれで軽い短篇としてありで、これを一番と誉めた人と合わなかった、というわけですねきっと。
んー、本の特集を組んだ雑誌の知らない人のいうことなんか聞くもんじゃないですね。
いくら直木賞取ったからって。
ぬかみそと性の起源/沼地のある森を抜けて
沼地のある森を抜けて
梨木香歩
- 沼地のある森を抜けて/梨木 香歩
- ¥1,890
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なんとも評しがたい、梨木香歩らしい良い作品でした。
あらすじは、
叔母の死により引き継いだ家宝のぬかみそ。
分けのわからぬままかき回しているとぬかみその中に卵が生まれた。
それが孵り、生まれてきた見知らぬ少年は、じつは幼馴染の親友だった。
幼馴染がが少年を引き取ると、今度は毒舌の老婆。
この老婆を相手にしながら、やがて知る家族の秘密。
男性性を捨てた知り合いと先祖の住む地にぬかみそを持って戻っていくと、
ぬかみその謎が生命の謎へと内包されていきます。
前半は、「日常+ちょっとSF」という感じで、クールで理知的な主人公が、突然のSFに戸惑う、といった感じで、キャラもたっているので十分に面白く、その細かな対応など梨木香歩の小説の技術の高さが窺えます。このまま終われば不思議系エンタメ小説として十分通じるようなできです。
中盤、ぬかみその謎を解き明かす段階で、梨木香歩らしい独自のこだわり、男性性へのうっすらみえる違和感だったり、人の想いとその形だったり脈々とつながる家系と生命などが、登場人物に託され語られていきます。
そして突然入る観念SF小説のような挿話。村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の世界の終わりのような感じです。
そして終盤は、ぬかみその本拠地に舞い降り、そのSF的設定の風呂敷をたたみながら、生と性について壮大な語りとなります。
相変わらず他の作家と事なるテーマをもっている小説で、先の読めない展開は非常に楽しく読めました。
梨木香歩にとって世界の違和感の大きな一部に男性性というものがあり、それを理解するには、性の起源までさかのぼらないと納得できないもんなんだな、と思いました。
そういった構造は分からないでもないですね。男性性に限らず。分からない、違和感を感じるものを、独自の理詰めで。納得できるところまで押しきる、みたいな。
梨木香歩のそういった、他の小説にないものを小説にする力は、やっぱり読む価値が備わっているように思えます。
センス・オブ・ジェンダー賞 をとっているんですね。
そんな賞あるんだ、という感じですが。
評判のサクリファイス/サクリファイス
サクリフィス
近藤史恵
- サクリファイス/近藤 史恵
- ¥1,575
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自転車競技のエンタメ小説です。
主人公は、自分の勝利より他人の勝利のためにこそ働ける、という少し変わった青年。
実業団でロードレースに参加し、絶対のエースと若手エースの対立や周囲の気遣いを傍目にしながら、海外のチームからのレースでよい成績を残せれば移籍もありえるという話に、自分のためにペダルを漕ぎ出します。
そして最後のレースで起こったのは・・・。
先行していても、エースの自転車が故障すれば自分の自転車と取り替えることもあたりまえ、という自転車レース特有のエースとアシストの関係を上手く描き、ミステリライクな作品?にしあげたもの。
自転車レース、と聞いていたのでそのレース自体の魅力を楽しみにしていたのですが、オチはミステリかよ、と思ってしまいました。
こういう、ちょっと思い入れがある分野(この場合は自転車)を使って、描きたかったのはミステリや人間関係、というものは、読後がよくありません。なんだかレースや自転車への愛が感じられませんでした(個人的な感想ですね)
。
たしか本屋大賞の第2位ということですが、評判にそそのかされてしまいました。
糸と織り、人と縁/からくりからくさ
からくりからくさ
梨木香歩
- からくりからくさ (新潮文庫)/梨木 香歩
- ¥620
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梨木香歩、小説初読みです。
染織家の手伝いをする主人公。
祖母が亡くなり、その家で賃貸の管理人を始め、下宿人として集まる美大女学生2人と外国人の女性。
女4人で始まる共同生活に、奇妙な縁が絡まり、物語が始まります。
管理人の手元には祖母からもらった人形がいつもいます。
その人形からつながっていく縁と、染織家と織りや布で作品を作っている美大生の縁が、過去にさかのぼり、友人にと広がっていき、独自の世界が広がっていきます。
女性四人の生活など、息の吸った吐いたまで敏感になってしまいそうですが、逆にその繊細さで四人の関係が上手く語られていくと、梨木香歩特有の植物の息遣いまでが感じられるような世界を読むことができます。
ストーリー的には、祖母の家を中心としたものなので大きな移動はなく退屈かと思われますが、伸びていく縁と丁寧な描写に飽きることなく読むことができます。
フォーマットはとても女性的な作品ですが、それだけに留まらないコミュニケーションの微妙さなどを扱っているので十分楽しめることができました。
他の作品も読んでみます。
しかしこの人の作品は、著者名とタイトルから乖離しているように感じるのは私だけでしょうか。
それから、通常の小説の恋愛やら目をひくような大きな出来事もなく、どちらのほうに伸びていくか分からない植物の蔓のような物語の進行はなかなか新鮮で、ひさしぶりに新しい小説を読んだ気がしました。
よい作品が気づかせること/白夜行
東野圭吾
白夜行
- 白夜行 (集英社文庫)/東野 圭吾
- ¥1,050
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東野圭吾初読みです。
あらすじは、殺された質屋の店主の息子と、その店主が通っていた愛人の娘の成長を追っていったものです。
事件直後の捜査では、犯人も見つからず、愛人も本当に愛人なのかも分からないうちに自宅でガス中毒死。
物語は進み、クラスメイトの暴行事件など娘の周りで起こる事件と、それとは別に意識的に売春斡旋やゲームソフトの違法販売など社会的規範を踏み越えていく息子が描かれていきます。
それに気づく刑事が犯罪を追っていきますが、息子は容易には尻尾を見せずに、娘は美しくなり、裕福な青年と結婚します。
それでも追いつづける刑事が、ついに見つけ出す数々の事件の本当の姿とは。
さすが評判の作家さんですね。
最後まで展開が読めないまま、一気に読んでしまいました。
あえて主人公の二人には語らせず、周囲の人物を描くことによって、二人の姿を浮かび上がらせる手法で、事件自体は平凡ですが、先の読めない展開が新鮮でした。
最後の謎解き(どんでん返し?)も予想できず、その闇の深さに衝撃をうけました。
が、しかしこれを読んで改めて私は、エンターテイメント的な小説の仕掛けにさして興味がないことを理解しました。
読んだ後に残るものものがなにもない。
ないなら楽しい小説の方がいいですし、純粋に衝撃だけというのにもあまり興味がないようです。
となるとやっぱりミステリは畑違いかな、と思いました。
評判がよかった作品だけに、です。
ミステリを純粋に読めない分、些細なことに気がいってしまうんですよね。
質屋の店主が殺された事件、心情的にも実際的にもあんなことが起こるんですかね(確率は10%ぐらい?)。
そういう事件が「起こった」としての物語、ということなんでしょうか。
タイトルと表紙は最初はどうかと思いましたが、読んだ後はぴったり、と思いました。
リアルならそれで・・・/悪人
悪人
吉田修一
- 悪人/吉田 修一
- ¥1,890
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朝日新聞の2006-20007年の連載小説。
あらすじをネタバレします。
解体業に従事している比較的無口な青年が、気の強い保険外交員の女性にネットを通じて出会い、ある意味不回避的に殺人を犯してしまい、その逃避行中にネットを通じてであった衣服販売業の女性と出会って相思相愛となり、逮捕されるまでの物語です。
「こんなにも出会い系にニーズがあるのか」「殺人を回避することはできなかったのか」「相思相愛になれる人ともっと早く出会うことはできなかったのか」など、色々な問いが頭に浮かぶ小説です。
吉田修一は鬱屈とした青年を書くのはうまい、とは思うのですが、においたつような鬱屈を描いた「長崎乱楽坂 」や青年期の鮮やかさと鬱屈を対照的に描いた「パレード」が頂点として、芥川賞受賞後の作品は、それ以上のものは出ていない、というのが個人的感想です(ランドマークしか読んでいませんが)。
今回は前評判もよかったのでどんな作品かと思ったのですが、芥川賞以後の他の作品と同じ印象です。
420ページの大作ですが、ここまでページ数は必要なんでしょうか(すぐ読めましたが)。
どうも最近の作品というのは、最近、というだけで割増があるようです。
表紙もなぁ、ちょっと大げさですね。
完成度は高く読ませる作品でしたで損はしませんが得をした気分にもなりませんでした。
平野啓一郎の「顔のない裸体たち」
に似ていましたね。