舞城流の解釈/熊の場所
熊の場所
舞城王太郎
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- 熊の場所/舞城 王太郎
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- 熊の場所 (講談社文庫)/舞城 王太郎
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「熊の場所」「バット男」「ピコーン」の入った短篇集。
この作品の特徴は、現代的なテーマを舞城流に解釈した作品で、SFも突飛なミステリもない比較的普通の小説なので、結構読みやすいです(「ディスコ」と比べると。薄いですし)。
「熊の場所」は、友人に猫殺しがいるという状況で、自分はどうするか、というもの。
熊の場所、というのは、主人公の父が若い頃、ユタ州の原生林を友人と歩いていたところ、熊に出会って逃げ出して、友人がこけて父は自分の車まで戻って、落ち着いたところで「このままだと自分は一生森を怖がってしまうんだろうな」と思い、拳銃とスコップを持ってすぐに戻って、熊を殺した、というエピソードから。
友人のランドセルから猫の尻尾が転げ落ちたときそれについて指摘しようとして「あっち行け阿呆、殺すぞ」といわれてびびってしまい、でも熊の場所のエピソードを思い出して、友人に再度接触して、その後・・・、
という感じでやはり熊の場所のエピソードが秀逸。
「バット男」は、愛しあっている高校生の女性側が男性を信じきれずに他の男の子をはらむみ、でも二人は結婚して、それでも男の愛を信じられなくて、やがて子供と失踪してしまうとき、男は、という話。
バット男は、いつもバットを持っているホームレスが、他人を脅しては自分の持っているバットで逆に殴られる、その不幸なサイクルの象徴として表現されています。
「ピコーン」は、地元の不良グループに属している女性が、じつは頭脳明晰で、彼氏と二人で働いて暮らしているうちにやっぱり大学に行って二人で幸せになろう、と思っているところに彼氏が猟奇殺人にあってしまう、という話。ピコーン、その女性に推理がひらめいた時の効果音で、推理はどうでもよく、最後の猟奇殺人犯を素のままで両親に謝らせる、というところが書きたかったんじゃないかと思います。
どの話も救われなず、救わない話で、それでもその中に何らかの+αを入れるのが舞城流なんでしょう。
他の作家であれば、情景描写だけでアップアップで終わってしまいますが、そこから自分流アレンジと+αを入れてしまうのはさすが。
小説巧者の過渡期的作品?/エンジェルエンジェルエンジェル
エンジェルエンジェルエンジェル
梨木香歩
- エンジェル エンジェル エンジェル/梨木 香歩
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いやぁ、上手いですね梨木香歩。
少し介護が必要になってきたおばあちゃんとその孫の話。
精神的に自分で自分を少し制御しかねている孫が自分のために魚を飼い始めます。
そして少し認識が定かではなくなったおばあちゃんの介護をしていると、おばあちゃんの思い出が水槽を介して浮かびだし、孫に語りかけ始め、孫とおばあちゃんの少女時代の物語が交互に進みます。
かつての少女の話は旧字体で美しく綴られ、現在の孫との会話・水槽の中のできごとと絶妙にシンクロしていきます。
個人的に良かったのは、最後の場面
「神様が、そういってくれたら、どんなにいいだろう」
「え?」
「私が、悪かったねぇって。おまえたちを、こんなふうに創ってしまってって」
と、何の解決でもないですが、自分の責任を何かに預けることで、ひとまずの休息を得、解放されるところです。
とまぁ要約する話でもなく、孫のナイーブな心持とおばあちゃんの少女時代の文体を存分に味わいながら小説の中にちりばめられた様々な伏線を味う作品です。
私自身が梨木香歩に求めるものは、他の作家にないオリジナルなテーマなので、この作品のように比較的既知のものを巧みに書く、というのはちょっと求めるところとは外れますね。
でも、そうか、まずこの小説技術があっての、作品群なんだ、と明瞭に分かってよかったですが。
そして随所に渡る慧眼を研ぎ澄ますことで、オリジナルな作品が生まれたのだな、とも分かりました。
もしも時空を操れるなら/ディスコ探偵水曜日
ディスコ探偵水曜日
舞城王太郎
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このタイトルとこの表紙。
ああ、もうラノベでいいんだ、と思って読み始めたのですが、全然そんなことはありませんでした。
あらすじは、主人公のディスコ・ウェンズデイは迷子探し専門の探偵。
アメリカで活躍していたのですが、日本での仕事の途中で、誘拐された親から押し付けられた6歳の梢と一緒に住み始めることになります。
ある日突然梢がメキメキと音を立てて大きくなり、17歳の梢に。そしてすぐまた6歳に。
なんだなんだと思っていると、次第に17歳の時間が長くなってきて、11年後から来たといいだします。
そして未来の世界のことを語りだしますが、それでもなんでタイムスリップするかが分かりません。
でも17歳が来ている間、6歳は「パイナップルトンネル」に行ってしまって、つらい思いをしているらしい。
そして17歳の梢に恐ろしいことが起こります。
そこでその謎を解くために殺人事件が起きて、名探偵があつまっている「パイナップルハウス」に行くために、調布から福井に移動。
そして、殺人事件の謎解きを間違えたら、間違えた名探偵がなぜか殺されるという状況の中、名探偵による謎解き合戦が始まります。デンマーク語やモンゴル語、ホロスコープから北欧神話・・・
タイムスリップと殺人事件の謎解きの行き着くところは・・・とここまでで上巻。
下巻は適役ブラックスワンとの時空対決がメインになります。
「みんな元気 」で提起されたタイムスリップに対する思考実験と、推理が無目的するかと思えるほどの深読みの繰り返し。
推理合戦はラノベ的文脈の「自分語り」に近いものがあり、それを徹底していくことで、逆に無目的化していくところは、まるで自分探しをいくら続けても結局どこにも行き着くことはできない、ということの暗喩のようにも思えました。
タイムスリップは、時空間を操るのは意識の問題として、時間も空間も操れたとき、はたして諍いというものはどういう風に行われ、どう結末を迎えるか、というところはSF的思考実験で面白くもありましたが、結局現実世界でも意識をどう持つかで現実世界の受け止め方も大きく変わり、そういう意味ではあながちSFの話として笑って読める作品でもなく、実に示唆的なものでした。
主人公がついつい物事を深読みしすぎてあらゆることを疑いだすと「ジャストファクツ」といって自問自答をとめるところが、コレだけ壮大な思考実験の中での、逆のベクトルとして箴言のように光って見えました。
しかし、やっぱり舞城王太郎のむやみな想像力は凄いですね。
ラノベのフォーマットの上にミステリとSFのアプリケーションを持ってきて、扱う問題は現実認識、しかも飽きさせないストーリー展開は、舞城王太郎ぐらいしかできないでしょう。
上巻が619ページ、下巻が452ページとむやみな厚さは、果たしてココまで必要だったかとも思い、読み始めるのを躊躇する厚さではありますが、舞城ブランドを信じて読み始めてよかったです。
意識の問題をここまでアクロバティックに読ませるのはさすが、舞城王太郎。
読む人を選ぶ作品でもありますが(ハードSF的には厳密ではないし、ミステリ的にはあまりにも現実世界を超えている、ラノベ的表紙と会話と登場人物名)読めるなら楽しめるでしょう。
他の作家では読めない作品を読むことができました。
+αが難しい/ラジ&ピース
絲山 秋子
ラジ&ピース
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久々の新作「ラジ&ピース」でしたが、イマイチでした。
主人公の女性はラジオアナウサー。
自分が嫌いで周りの人間も全部嫌い。
マイクの前でしゃべっているときだけ、自分を許せる、そんな女性が群馬のFM局にやってきて、新たな番組を始めます。
なじまないのに親切なスタッフ。
大学時代の元彼への自己嫌悪と恋愛の複雑な思い。
飲み屋で出会った、厚顔だがウマの合う女医。
初めて会うリスナーとの日帰り旅行。
新しい土地で、少しずつ自分の持っていた固さがほぐれていく様子が描かれています。
仕事には生真面目で、でも人にはなじめない、という状況を書くのは相変わらず巧いのですが、ほぐれていく様子がどうにもしっくりきません。
女医とのカーチェイスの場面なんかいいところなんでしょうが、ピンとこなかったですねぇ。
もう1作品「うつくすま ふぐすま」は、偶然の一致で食事することになった女性同士のやりとりと、それとはべつの主人公の男性論。
男はカラダ、やってなんぼ、といういつもの荒っぽい論と、福島出身の女性との会話はテンポもよく楽しめますが、なんせ短篇なのでテンポを楽しんでおしまい、という感じです。
絲山 秋子の特徴は、遠景(過去や想い)と近景(身近な人間関係や出来事)を絡ませながら+αを描く、というところがあると思うのですが、今回はその+αがイマイチでしたね。
絲山 秋子のHP は、生真面目に日記が更新されているのでたまに読みますが、制作過程も知りながらの作品だったので期待していたのですが、残念です。
「北緯14度」とかに期待しましょう。
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延々と表紙の話/装丁物語
装丁物語
和田誠
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デザイナー・イラストレータの和田誠の関わった本の装丁の話です。
装丁とは、本文以外のデザインのことで、カバーや表紙、オビ、イラストなんかも入る場合があります。
和田さんの装丁は結構好きなのですが、さすがに百冊以上も延々と紹介されても、なかなかしんどいものがあります。
村上春樹の全集や谷川俊太郎、丸谷才一、映画関連の装丁なんかもやっているので、自分の興味があるところのみ読んでみてはいかがでしょうか。
あと読みどころは最後の章のバーコード部分。
装丁家としてバーコードを入れるのに反対をしています。
バーコードは本来、位置まで決まっているので、装丁をデザインと考えると、とてもじゃないですが容認できないということで、オビの下に隠したり、シールにしたりして出版社には対応してもらっているそうです。
そういう対応ができない出版社の仕事ができなくなった、とありました。
非常に丁寧な語り口ですが、うーん装丁家の矜持とでもいうのでしょうか、さすがですね。
仕事もワープロさえ使っていない、ということでパソコンなんかみたこともなさそうです。
デジタル化が進む一方で、あの似顔絵が見れるならこんな人もいてもいいのかな、とも思います。
たとえばこんなのです。
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- 谷川俊太郎の33の質問 (ちくま文庫)/谷川 俊太郎
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- 挨拶はたいへんだ (朝日文庫)/丸谷 才一
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何を教わるべきだったか/ジーコ備忘録
ジーコ備忘録
ジーコ
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トルコのクラブチームの監督をやっているところから始まります。
ジーコは意外に文章がうまく、じつに情感たっぷりにあの8分のことを思い出します。
・・・もともと私は過去を振り返るタイプの人間ではない。すぐに前を向いてしまう。振り返るのは得意ではない。しかし、そろそろ語り始めなければならない。口を開かなくてはならない。それが私の務めであると自覚している。
そういって始まる回顧の初めは当然オーストラリア戦です。
この試合の一番大きなアクシデントに坪井の退場があったとしています。
そして坪井の退場で響く、W杯前の田中誠の怪我による出場辞退。
結果、休暇中だった茂庭が、W杯のフィールドに立つことになったのです。
そして小野の投入。
実績のある福西とのボランチのコンビで、放り込まれたボールを取り戻してチームを落ち着かせる役目を担っていました。
そして最初の失点は、それまで好調だった川口のパンチングのミス。
同点。
そして、逆転の一点と、入れられてはいけない追加点。
それぞれ行った采配の意図とそれまでの積み重ねを分かりやすく説明します。
そして具体的な状況説明から、その状況に陥らざるを得なかった根幹について語りだします。
それは、肉体的な貧弱さと、大事な、勝負を決めるところで守りきれない、もう1点が入れられない勝負弱さについてです。
肉体についてはたとえばジーコ自身の肉体強化や欧米の選手でも、上背がなくとも肉体のしっかりしている選手を上げます。
また、勝負弱さについては、かつてジーコの兄に「ジーコはボールを使ったあらゆるテクニックができたが、あるときから本当に点を入れるのに必要なテクニックしか使わなくなった」といわれるぐらいシビアに勝つことを考えているジーコだからこそ、その重さをわかっていることだと思います。その反対が、ドイツとかでしょうか。
この勝負弱さについては、私はゴルフのパットのようなものでここでしっかりしないとそれまでどれだけドライバーで飛ばしても意味がなくなってしまうんですね。
ここを理解するには、何度もこういった試合を落として、選手もファンもマスコミも勝つために本当に必要な技術を学ばなければいけないのだろう、と思います。
そして本は、就任前後からの話になっていき、つくづく思うのは「どうしてジーコにもっと学べなかったのか」ということですね。
体の強化、審判へのアピール、選手間の結束、勝利への執念、プロとして全力で立ち向かうこと、
結局、我々はW杯を勝ち抜ける力はあったかもしれないが、上記の条件への意識が弱く、予選で落ちる可能性も十分あった。
その触れ幅が、ぎりぎりのところで大きく、敗退のほうに振れてしまい、それをどうにかする意識・技術もなかったということなんでしょう。
そんな分からず屋の日本に丁寧に自分の持っているものを教え込もうとしたジーコに改めて感謝の言葉を言いたくなりました。
ありがとう、ジーコ
そして今度こそ心身ともに向上させ、オーストラリアに勝ち、W杯で上位進出して欲しいものです。
ああ、しかしジーコ。本当にありがとう。
ジーコのウィキペディア
もいいこと書いています。
百日紅も鷺も河童もいる家/家守綺譚
家守綺譚
梨木香歩
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やっと読みました家守綺譚。
すでに、エッセイや「沼地のある森を抜けて」や「からくりからくさ」、「村田エフェンディ滞土録」を読んでいるので梨木香歩の書きたい問題意識のようなものがわかっているので、そういった背景をとらえてこういった本を読むと奥行きが出ていいですね。
明治時代、ある文士が知り合いの家の管理を任され、その家で日常風景を淡々と語ったもの。
ただし、百日紅が文士に恋心をいだいたり、行方不明の友人が掛け軸から出入りしたり、犬が鷺と河童の仲裁をしたりと、神話的というか一歩向こうに踏み込んだような話が続きます。
それぞれの想像力も楽しいですが、その背後にある自然との交感のある世界観が深さと広さをもって語られていて、その世界にじっくりと浸って楽しむことができます。
このあたりの感覚と問題意識をより鋭角かさせていくと「沼地のある森を抜けて 」などの作品につながると思うのですが、この時点では心地よい程度の独自性で、読みやすいです。
「村田エフェンディ滞土録 」と一部関連してきて、そうかあの世界ともつながっているのかと思うと、作家の世界観の広さに関心しました。
多少のファンタジーはOK、という方で文士とかいうころの匂いが好きな方は楽しく読めるのではないでしょうか。
もちろん梨木ファンは読んで損はありません。
鑑識眼と行動力/柳宗悦と朝鮮 自由と芸術への献身
柳宗悦と朝鮮 自由と芸術への献身
韓 永大
- 柳宗悦と朝鮮―自由と芸術への献身/韓 永大
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大正から昭和にかけて活躍した思想家、美術評論家の柳宗悦の評伝です。
柳宗悦といえば「民芸」を発見した人として有名ですが(有名なんです)、
日本が朝鮮半島を支配しようとしたときに
『朝鮮の友に贈る書』などで日本政府のやり方を一貫して非難した人なんですね。
そのきっかけとなったのが、朝鮮の石窟庵 と李朝期の陶磁器への感動です。
そんな個人的な理由で、とも思うのですが、個人的なだけにぶれもなく、
日本専制の時代に「朝鮮民族美術館 」まで設立してしまう実行力もあるのです。
そういう、独自の美術の鑑識眼と行動力のある人なので、機会があれば関連の本を読んでいます。
今回は評伝なので、退屈かなぁと思って読んでいたのですが、
親族に嘉納治五郎がいたり、勝海舟の影響を受けていたりと、明治の時代の歴史上の人物と接点があったことや、朝鮮民族博物館設立の細かな経緯(費用が足りなくて政府のあの時代に政府の建物を借りたこと)や協力者の話(すでに李朝期の陶磁器に注目している人がいたが、一般的にはだれもそんなものに目を向けていなかったこと)など、結構ドラマチックな話(家の周りに公安がいつもいた)や、逆に現実的な話(陶磁器の購入費用は奥さんの声楽のコンサートによるもの、また美術館は常時公開はされずに、観覧者がきたときだけあける)もあり、
興味深く読めました。
結局柳宗悦の肝である「美術への感動と行動」については、哲学者のカントの思想を受け継いでいる、というような説明もあり、カントのほうは良く分かりませんがなんとなく理解も深まりました。
今まで読んだ柳宗悦の本の中では比較的理路整然としていて、しかも作者が柳宗悦を敬愛しているのがわかり気持ちのいい本です。
興味のある人はためらわずに読んでみてください。
かっこいい記録/剣岳<点の記>
剣岳
新田次郎
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何を今更、という感じですが。
剣岳は、立山信仰もあり、また非常に険しいことから、長らく頂上に人を寄せ付けない山でした。
地図上で空白だった剣山の山頂とその周辺の測量を行うため、明治40年、陸軍参謀本部 陸地測量部 の柴崎芳太郎 が山頂を目指す、という実話を小説化したものです。
軍隊式に降りてくる、山頂制覇の命令。
民間の登山家との山頂争い。
そうはいっても今まで誰も上ったことがないのでルート探索から始まります。
立山信仰では、剣山は針の山とされ、地獄を現し登ってはいけない山となっていて、一部の山周辺の人々からは登山の理解が得られません。
それでも、よい案内人をみつけ、関係者に話を聞いていくうちに、立山周辺の山々を歩きわたる行者から話を聞くことができ、剣岳登山のヒントを与えられ、しかももしかしたらすでに太古の行者に登られているかもしれない、という話を告げられます。
そうして失敗しながらも周辺地域のを調べていくうちに、まさか、という登るべきルートが見え始め・・・。
新田次郎らしく、盛大に盛り上がるクライマックス、というわけではなく淡々と物語りは進んでいくのですが、山男の黙々とした行動は、ぐっとくるものがあり、まず十分楽しめました。
なんだか映画化 の予定もあるらしく、来年2月に公開の予定みたいです。
ちなみに『点の記 』とは地図製作上で必要な三角点を作成する際の記録・日誌のようなものです。
国土地理院で照会できるそうで、うむ、かっこいいですね。
サービス精神旺盛なオマージュ&パロディ/漱石と倫敦ミイラ殺人事件
漱石と倫敦ミイラ殺人事件
島田荘司
島田さん初読み。
倫敦に留学している漱石が、ひょんなことからシャーロック・ホームズと遭遇。
漱石とシャーロック・ホームズが絡んで捜査が進んでいく、というミステリです。
ワトソン視点と漱石視点の章があり、書かれているホームズがまったく違っていたり、漱石の視点からの倫敦というものが語られていたりで、単なるミステリとは違った楽しみ方をすることができます。
ミステリ自体はそれほどでもないと思うのですが(なにせ特殊すぎる)、久しぶりにホームズものを読んでいる気分になり、結構楽しめました。ホームズファンとしては、ホームズの取り扱いにちょっと苦情を言いたくもなりますが。
これで島田荘司を判断するのは早計ですかね。